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2015年8月2日日曜日

石巻復興バー@銀座

毎日暑いですねー。

前から行きたいと思いながらなかなか行けなかった「石巻復興バー」・・・期間限定で銀座に出店されているバーです。今日、やっと訪問が叶いました。

3時の開店を待って、一番乗り!
明るいうちから冷たいビールと東北の海の幸を堪能してきました。
メニューはこんな感じ↓↓
これ以外にもホタテの刺身やホヤの酢の物もありました。ホヤは地元の味そのもの!(東京でこの味に出会えるのはここだけかも)カキもミルクたっぷり、ジューシー!!
なんだかもう、感激です。
どのくらい賑わっているのかなー、とちょっと心配してたけど、なんのなんの、明るいうちからお店はほぼ満席。みなさん東北に関係のある方々なのかな~?盛況で嬉しい限りです。

帰り際、スタッフの方と少しお話することが出来ました。千葉在住の方で、海岸清掃のために月に一度石巻を訪問していると聞きました。頭が下がります。
こうやって継続して行動を起こしてくださっている方がいらっしゃること、本当にありがたいです。

東北のものを買う、東北を旅する、東北のお酒を飲む・・・ささやかでも続けていけばきっと大きな力になります。出来ることを続けていこう、改めて思った一日でした。

2015年5月5日火曜日

新緑の大学通り

今は新緑がとてもきれいで気持ちよいですね。
髪を切った日、ココロも軽くなって、大学通りを散歩してきました。
 大学通りは桜の季節も素晴らしいけれど、新緑もすばらしい。
雨の季節が来る前の短いひととき・・・この緑をたのしんでいきたいです。

2015年3月28日土曜日

石巻線全線開通!女川に行って来ました。

先週、石巻線が全線開通し、女川の新社屋のお披露目がありました。

女川の街は本当に何もなくなってしまったので、今もショベルカーががんばっています。

女川の新しい駅舎です。
駅であると同時に「ゆぽっぽ」という温泉施設が併設されています。
足湯も楽しめます♪

木のぬくもりが感じられるあたたかい駅舎。
建築家・坂茂さんの設計だそうで、天井から自然光が射し込んでくるおしゃれなデザイン。
やわらかい光です。

いたるところに願いを書いた黄色い布がはためいて、幸せの黄色いハンカチのよう。
本当にこの日を待っていました。
新しい女川の街がやっと形になってスタートしました。

みなさん、女川へ行きましょう。
女川産のものを見つけたら買いましょう。

応援、よろしくお願いします。

2014年3月26日水曜日

3年後の日和山から

彼岸に石巻に帰りました。
久しぶりの日和山からの風景。

きれいに整地され、瓦礫も無くなり、3年前の惨状はを見た人にしかもうわからくなりました。


全焼した門脇小学校は取り壊されることに。


あの日、こんなに風に整地される日が来るなんて、想像できなかった。
この風景を前に、確かに3年が過ぎたのだな、と思う。

やれることをしていこう。
ここに立つと、いつもそう思う。

やれることをしていこう。

2014年1月5日日曜日

楽未央

あけましておめでとうございます。

新しい年になりました。
今年もよろしくお願いします。

タイトルの「楽未央」は ”楽しみ未だなかば” と読みます。
お楽しみはこれからだ!ってことですよね。
いくつになっても「これからだ!」と思っていろんなことにチャレンジしたいです。

写真は南三陸(志津川)の元旦の風景。
岩手の北三陸は「あまちゃん」(←おもしろかった~)で有名になりましたが、ドラマの中の架空の町。
宮城の南三陸は実在しますよ♪

穏やかな海です。


2013年10月15日火曜日

地元で歌おう

毎年恒例、高校時代の音楽部のイベント・・・
今年は『復興』をテーマに地元をめぐる旅となりました。
『いっぱい買う!いっぱい食べる!いっぱい楽しむ!そして、ふるさとの今を知る』ということで、仙台で待ち合わせ、一路石巻へ。

石巻マルシェで石巻焼きそばを食べたり、買い物を楽しんだり。。。
とにかく海の幸がおいしー。改めて海のめぐみに感謝。
その後は母校の石巻女子高(今は共学で好文館高校)へ。思い出話に花が咲きました。

次は被害の大きかった門脇、南浜町地区へ。
あれから2年半。
かつての住宅街はセイタカアワダチソウの黄色い花で埋め尽くされ、他に何もありません。
『がんばろう石巻』の看板近くに2台の観光バスが停まっていました。
この看板の隣に波の高さがここまで達したことを示すポールがあり、表示された6.9mの高さを見上げて、改めてその大きさと恐ろしさを実感しました。
石巻マルシェにある『珈琲工房いしかわ』で見つけた石巻ブレンド。美味しい!

この日の宿泊は女川にあるトレーラーハウスEL FARO(エルファロ)。
スペイン語で灯台を意味するそうです。

でも、そこに行く前に腹ごしらえ。
万石町の『味楽』(みらく)というお店で美味しい海鮮を堪能しました!
写真以外にもたくさんのごっつぉう(ご馳走)が並び、満腹満足!のひと時でした。

エルファロ到着後は幹事からのサプライズプレゼント、香りのよい利府の梨、特製レーベルのワイン・・・と、おもてなしの嵐。。。歓喜の声と大笑いで夜は更けて行きました。

翌朝はこの青いレストランで朝食。おしゃれですよねー。

かわいいスペインタイルがいろんな所に飾られ、たのしませてくれます。

部屋番号もスペインタイル。

で、『きぼうのかね商店街』にあるスペインタイルの絵付け体験教室へ行ってきましたー。
普段はおしゃべりが止まらない私たちも、この時ばかりは集中、集中!
美しい仕上がりを夢見て、一生懸命取り組みましたー。出来上がりが楽しみです。

と、ここまで楽しいことばかり書いてきましたが。。。
女川の現実は厳しい。あの日を境に街全体が変貌してしまいました。
襲った波の高さは石巻の3倍以上、30mとも言われています。
こんなところに波が来るとは想像もつかない海から離れた場所、坂の上まで波が埋め尽くしました。

石巻も女川も、復興商店街と銘打って地元を盛り上げようとしているけど、3連休中にも関わらず、人出はイマイチ。
復興は容易ではないという現実が大きく横たわっています。

再び石巻に戻り、メンバーの一人の実家へお邪魔し、ピアノがあるということで、お願いして歌わせてもらいました。(音楽部だもんね)
ピアノは津波に遭い、「こんな音なのよ」と、友人の母は88の音を一つ一つ鳴らしてくださいました。
ヘドロだらけだった弦を一本一本洗ってもらったそうですが、音は完全には戻らず、よく言えばバロック調の響きというか・・・濁った音。外れてしまった音もありました。
歌う私たちもウン十年振りで、ハモる部分もメインパートにつられるような曖昧さ。
でも、ピアノの音が流れて歌い始めると、あの頃のことがよみがえります。
ちゃんと憶えてる、体の中に染み込んでいる。

またいつの日か、みんなで歌いたいね。
その日まで、がんばっぺし。

出来ることをする、続ける、忘れない。
いつも同じことしか言えないけれど、これで行くぞ。

2013年8月18日日曜日

走っていた頃

暑い日が続いていますね。。。
お盆休みを利用して、帰省して来ました。
梅雨が長かった東北も日差しが厳しく、ちょっと外に出るだけで汗だくになります。

で、突然ですが下の写真、どこかわかりますか?
わかった方はかなり少数・・・というか、ほとんどの方がわからないですよね、すみません。。。
答えは、仙台地下鉄の旭ヶ丘駅から見える台原(だいのはら)森林公園入口。
短い停車時間に車内から撮ったので写りはイマイチですが、懐かしくなって思わず撮影してしまいました。
仙台で暮らしていた頃(17~18年前)、英会話学校の仲間とマラソン大会に出ることになり、しぶしぶ申し込んだ私も「練習ナシに本番には臨めない!」ということで、合同練習したのがこの公園でした。
私の住んでいた街からはちょっと離れていたので、ここを走ったのは実を言うと1~2回程度。
でも、土を踏みしめて緑の中を走るのは、マラソンというよりはハイキング気分で、ここでの練習は楽しかった。
まぁ、マラソンと言ってもエントリーしたのは一番短い5㎞コース。
それでも鈍りきっていた体にはきつかったー。
これをきっかけにその年は合計3大会に出場しました。
その後、東京に越してしまい、走るのはすっかりご無沙汰になってしまいましたが。
でも、久しぶりに思い出の場所を目にして「また走るぞー」という気持ちが沸々と湧きあがってきました。。。なーんてことは全くありませんが、走っていた頃の自分の姿がよみがえり、今の自分にエールもらった気分。

久しぶりに地下鉄に乗ったのは中学、高校時代を一緒に過ごした友達に会うため。
仙台の地下鉄は黒松駅から地上に上がり、終点の泉中央駅まで外の景色を楽しむことが出来ます。
車窓から見える緑は美しく、いろんな思いがめぐったひと時でした。

2013年5月5日日曜日

りんごの花 女川にて

GWに帰省して、女川に行ってきました。
女川の津波の被害は想像を絶するもので、東日本大震災で最も高い死亡率となったのが、女川町という記事を目にしました。
震災前と震災後の両方、何度か訪れている町ですが、どこに何があったのか、今は全くわかりません。

福島であれほどの原発被害があった中で、女川の原発は何故無事だったのか・・・
女川原発のPR館でそれを説明する映像を見てきました。
そこで知ったのは、女川原発も非常に危なかったということ。
女川原発は津波の高さを9.1mと想定して14.8mの場所に建設。
が、今回の地震で1m地盤沈下し、その後発生した津波が到達した時、波の高さは13m。
原発施設まで、その差わずか80㎝。

考えただけでもぞっとします。

今まで、原発の恩恵を受けてきたというのは事実。でも、何を大事にしていくのか、将来を、これからを考えたら、私たちの取るべき道は、自ずと見えてくると思います。

PR館の前には色とりどりのチューリップ、ビオラ、そしてかわいいリンゴの花も咲いていました。
こうやって草花に触れることが普通に出来る暮らしを守るために、すべきことを考えていきたいと思います。

2013年3月31日日曜日

大学通りの桜

くもりの日曜日、国立・大学通りの桜並木です。
今年も美しく咲きました。
今日が見納めかな、と思いながらゆっくり歩きました。

「花びら舞い散る、記憶舞い戻る」
ケツメイシのさくらを心の中で唄いながら。
足元には花びらの絨毯。
明日から4月が始まります。

2013年1月5日土曜日

祥雲

あけましておめでとうございます。
みなさまにとってよき年になりますよう、心よりお祈り申し上げます。

松島に宿をとり、贅沢な一日を過ごしました。
ここは島々と天然の防波堤に守られて、津波の被害は海沿いとは思えぬ程にとどまりました。
この美しい景色と瑞巌寺が無事だったのは奇跡のようです。

新しい年も健康で無事に過ごせますように。

朝日が眩しいです。



2012年11月24日土曜日

水の影

高校時代の仲間たちに会うために六本木へ行ってきました。
卒業してウン十年・・・
ちょくちょく顔をあわせている友人、10年以上会えなかった友人、それぞれの場所でそれぞれの時間を過ごした仲間たちが、故郷ではない東京に各地から集まりました。
高校時代、音楽でつながり、震災の時はお互いの無事と家族の無事を思いあい、思うだけではなく、行動に移した仲間たちです。

朝方少し雨が降りましたが、徐々に素晴らしい秋晴れとなり、高層ビルからは木々が色づく姿が見れました。

 向こうに見えるのは新宿御苑と新宿の高層ビル群。

あと一か月もすればクリスマス。
街のイルミネーションが楽しみな季節です。

高校時代の思い出や近況で話は尽きることなく、それでも時間が来ればそれぞれの場所に帰らなければなりません。
私も別れた後、一人中央線に乗って余韻に浸っていたら、ふと「水の影」のメロディーが浮かんで来ました。実はあんまり歌詞をおぼえていなくて、あれ?どんな歌だっけ?と調べてみたら、あまりにも今日の光景と今の自分に重なって、驚くほどでした。

時は川 昨日は岸辺
人はみなゴンドラに乗り
いつか離れて
思い出に手を振るの

(水の影:松任谷由実)

バイオリンの音色も素晴らしいこの歌…これから心で口ずさむことが多くなりそうです。

2012年5月13日日曜日

石巻と女川

ゴールデンウィークに帰省しました。
ふたたび石巻・日和山へ。
復興への道のりは遠く、まだまだ変化は見られません。

街が生まれ変わるには本当に時間がかかります。
目に見えないところで根を生やす時間が必要・・・わかってはいても焦ります。
どこから手をつけたらいいのか。。。

門脇小学校。
門小(かどしょう)はテレビで何度も見ていたし、
車で前を通ったこともあったけれど、
降りて中の様子を見たのは初めてでした。

校章をかたどった昇降口から、なんにも無くなって変わり果てた街が見えます。


めちゃくちゃになった教室と焼け焦げた木。
教室の中はぐちゃぐちゃのままでした。

だれが植えてくれたのでしょう?
かわいいチューリップが咲いていました。
一日も早く元気な街の花が咲きますように。

石巻と女川を結ぶ石巻線。
一部復旧しましたが、全線開通はまだまだ。

女川までつながる日が待ち遠しい。


今年の3月、「ガイヤの夜明け」で女川・かまぼこの高政(たかまさ)が特集されていました。
女川もすっかり変わってしまいました。街並みは跡形も無くなってしまいました。
莫大な借金をして女川復興のために店を再建する様子を見て、
いつか少しでも貢献したいと思ってました。
やっと実現!
おさしみ蒲鉾(しそ・わさび)とイカせんべいなどを購入して、家族みんなで美味しくいただきました。





















『高政』の駐車場にあったメッセージ。
「がんばっぺ女川!負げねーど宮城!おだづなよ津波!」

「おだづなよ」は「ふざけるな」と言う意味です。
学校で始業のチャイムに気づかずに友達と遊んでいると、
「あんだだぢ、いづまでもおだってないで早ぐ席につぎなさい!」と
叱られたものでした。
ちなみにいつも悪ふざけをしているひょうきん者は「おだづもっこ」といいます。


自然を相手にしたら人間の力は本当に小さい。
でも、あきらめない、忘れない。

おだづなよ津波!
おだづなよ津波!

2012年3月25日日曜日

震災から1年 石巻・日和山


彼岸に日和山に行って来ました。



海岸沿いに堤防のように見えるのは瓦礫の山です。
津波で流された車の山。。。この中に実家の車もあるはず。
この山をどうしたらいいのか・・・まだ答えは見つかりません。


桜の木と影。
まだつぼみも見えないけれど、4月も半ばを過ぎれば咲き出すことでしょう。
花の咲く日が楽しみです。
ゴールデンウィークにまた来ようと思います。

2012年1月4日水曜日

これから

1月1日夕方、日和山からの風景です。
ここは門脇(かどのわき)地区。
この地区に住んでいた小学生が通った門脇小学校は全焼しました。
廃墟と化した校舎の前で長渕剛さんが「ひとつ」を唄って下さいました。
素晴らしい歌…ありがとうございます。


上は現在の坂下(中央一丁目)地区。
母の店と以前まで暮らした家があったところです。
我が家は 数年前に住まいを山手に移したため、震災後も住居の心配をせずにすみました。
本当に幸運でした。
しかし、坂下町内のほとんどが解体されると聞いています。
外観が残った家も中は滅茶苦茶。我が家も中に入ってびっくりされたそうです。

ここが母の店「リボン」と前の家があった場所。
跡形もなく取り壊され、更地になりました。
広いと思っていた店も家も取り壊してみると、こんなもんか…という感じ。
『花教室Studio Ribbon』は母の店から勝手にもらってつけた名前。
化粧品店は継げなかったけれど、花を続けることでリボンを残したいと思います。

2012年1月3日火曜日

新しい年

あけましておめでとうございます。
新しい年が楽しく幸せな年でありますように。
 こちらは石巻の実家の南天。

この南天を床の間に生けました。

ふるさとのみならず、世界中に嬉しいことが訪れますように。